ふと自分の今の状況に、もやもやしていた。
自分の身の回りに、弱いところを見せ信頼できる仲間や、心から尊敬している人の存在が、希薄になりパッと出てこなくなっている。
コロナで人に会わなくなったからとかそういうことではなくて。
今会社員を辞めてお仕事はほぼ休職中で、自分の仕事で外にコミュニティーをもちバリバリ働いていないので、そう感じるだけかなというと、そういうことでもなくて。
心の繋がりがある人が、希薄になってきており、なんだか空虚な、昔よりつまらない感じになってきている気が確実にする。
周りの人との関係で、信頼、安心、尊敬が感じられない、、それを自分で感じているということは、自分自身、上っ面でいまいち信頼されるような立ち振る舞いが、いつの間にか、できなくなっていたのかもしれないなと思い、この十数年を振り返ってみる。
大卒後、食品会社に10年間勤めていた。その中でも24歳くらいから総務部に在籍。
私は、ADHD気質でとてもミスが多い。さっき頼まれた仕事をそっくりそのまま忘れて期日までにやらなかったり、忘れ物をしたり、時間を間違えたり。そしてミスする自分に毎回とても落ち込んでいて、使い物にならないレッテルを自分で貼っていた。
自分の仕事に自信の欠片もなかったので、当時、唯一いた一人の先輩の言われた通りに仕事をしていた。
今振り返ってみても異常事態だけども、指示されたやり方以外は間違いだ、くらいの針穴並みの視野の狭さと、ど真面目&律儀すぎていた。出てくる発想すべてにブレーキをかけていたので、ストレスフルでありながらも、先輩のやり方が絶対と、思考停止だった。
私は自分のデスクに来た要件のある人の話をまずしっかり聞くタイプだったので、まずそれに対して仕事に集中するため交流的なやりとりは省くように指示されていた。
段々と規制が厳しくなり、ほぼすべての言動をチェックされるような状態になり、
私に仕事の話で、と声がかかり、その後関係のない話をしていると監視が厳しくなる環境が、次の人事異動まで5年間続いた。
メール内容も余計な文言が入っていないかチェックされており、監視体制はとうに行き過ぎていた。
私は仕事に集中するため。ミスをなくして正確に仕事をこなすため。という理由で、デスクで気軽に声を掛けられることが次第に怖くなり、周りの人と心の交流は極力断ち切って仕事をするスタイルになっていった。
にこやかにすることは、必要な時だけと表情すら使い分けたり、人に優しくすることを出し惜しみしたりして、
余計なおしゃべりと思われるものをぎりぎりまで削った。
飲み会も、他部署の方から誘われると、遊びの目的ではなかったのかと確認されていた。
中々仕事の悩みを話す仲間だったり他部署をまたいで交流することは、できなくなっていた。
私も、こういう状況はストレスが強すぎると感じ精神的に若干病みながらも、今のOJTの先輩がいる限り、そして自分のミスしやすい特性がある限りはこのスタイルから抜け出せないと、結構恐ろしい思い込みをしていた。
現実は、先輩の言うことに背いて後から怒られることが怖かったし、勇気もなかったし、なにより面倒だった。
でも、やはりそういった人とのかかわり方は違っていたんだと、気づいた。
34歳になった今、いつの間にか人と心で交流することが怖くなり、自分のペースが崩れない範囲で、その程度で人と交流しようというスタンスが通常モードになってしまっている。
その結果、今は自分の心が喜ぶ人が周りにほとんどいない気がした。
だから、今日から、昔のように思いっきり心を使って、人と交流しようと思う。
正直でいれば、正直に腹を割って話す仲間が、いつかできる。
尊敬の心をもって、相手を信じて交流を深めれば、5年後の私の半径10メートル以内はきっと豊かで面白い人たちが自分の周りにいることを願う。
私は、損得で人と繋がりたくないんだよね。
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